ジブリ作品といえば『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』のように、夏休みや大型連休の時期に「金曜ロードショー」などで毎年のように放送される作品が多いですよね。
しかし、名作でありながら「最近テレビで全然見かけない…」「もしかして放送禁止になったの?」と囁かれている作品があります。それが高畑勲監督の名作『火垂るの墓』です。
今回は、なぜ『火垂るの墓』が放送禁止と言われるようになったのか、その裏に隠された視聴率の壁やサクマ式ドロップの商標問題、噂される都市伝説について詳しく解き明かしていきます!
不朽の名作『火垂るの墓』のあらすじ
1988年に公開された映画『火垂るの墓』。舞台は太平洋戦争末期の兵庫県神戸市です。
激しい空襲によって最愛の母を失った少年・清太(せいた)は、幼い妹の節子(せつこ)を連れて親戚の家へ身を寄せることになります。
しかし、戦時下の過酷な食糧難の中、親戚のおばさんからの風当たりは日に日に強くなり、居場所を無くした清太は節子と共に横穴の防空壕で「ふたりきりの生活」を始めることに……。
浮世離れしたふたりだけの暮らしは長くは続かず、やがて節子は極度の栄養失調へと追い詰められていきます。
清太が差し出したスイカのひと切れを食べ、「お兄ちゃん、おおきに」という言葉を残して節子は静かに息を引き取りました。ひとり残された清太もまた、後を追うように駅のホームで倒れ、孤独な最期を迎えます。
ハッピーエンドが多いジブリ作品の中で、戦争の残酷さと幼い兄妹の悲劇をリアルに描ききった、異色かつ胸を打つ傑作です。
なぜ?『火垂るの墓』が放送禁止と噂された3つの理由
かつては1〜3年周期で定期的に地上波放送されていた『火垂るの墓』ですが、2009年8月の放送から2013年11月までの4年以上もの間、一度も放送されない期間がありました。
この長すぎるブランクから「放送禁止になったのでは?」という噂が一気に広まったのです。では、なぜ放送の頻度が激減してしまったのでしょうか?考えられる理由をご紹介します。
1. 視聴率の低下と「トラウマ」による避けられ感
大きな理由のひとつとして挙げられるのが「視聴率」の推移です。
1989年の初回TV放送時には20.9%という高視聴率を記録し、2001年の放送でも21.5%を誇っていました。しかし、回を重ねるごとに数字は落ち込み、2007年には7.7%、2009年には9.4%と1桁台まで低下してしまったのです。
テレビ局側としても、高い放映権料が発生するジブリ枠で確実に視聴率を取りたいという事情があります。また、あまりに内容が切なくトラウマ級に重いため、「一度見たらもう十分」「悲しすぎて何度も見られない」という視聴者側の心理も重なり、放送が見送られる回数が増えたと考えられます。
2. 作中に登場する「サクマ式ドロップ」の商標問題?
ふたつ目は、作品を象徴するアイテムである「サクマ式ドロップ」の商標争いが関係しているのではないかという説です。
作中で節子が大切にし、空になった缶に水を入れて飲むシーンや、最期におはじきをドロップだと思い込んで舐める痛切な描写は非常に印象的です。
この「サクマ式ドロップ」を扱っていた佐久間製菓は、終戦後に2つの会社(「佐久間製菓」と「サクマ製菓」)へ分裂し、それぞれが「サクマ式ドロップス」と「サクマドロップス」を販売するという複雑な歴史を辿りました。
「この商品価値や商標を巡る権利関係のトラブルが、アニメの放送に影響したのでは?」と推測されたのです。非常に印象的なタイアップアイテムだからこそ生まれた、根強い都市伝説といえます。
3. 政治的・思想的な圧力説
みっつ目は、反戦映画としての解釈や政治的な配慮から「圧力がかかったのではないか」という都市伝説です。
監督を務めた故・高畑勲氏は生前、「この映画は単なる反戦映画ではない」と語っていましたが、劇中で描かれる戦争の残酷さや日本軍・時代の描写に対して、様々な立場から物議を醸したことも事実です。
国際情勢や放送のタイミングに配慮した結果、テレビ局側が自主規制(自粛)を行ったのではないか……という説も語られました。ただ、実際には2013年や2015年、2018年(高畑監督の追悼放送)などにも放送されているため、完全な「圧力」とは考えにくく、あくまで噂の領域を出ません。
まとめ:名作だからこそ生まれる都市伝説
数年間の空白期間があったことで「放送禁止」と噂された『火垂るの墓』ですが、実際には放送禁止にはなっておらず、時代や節目に合わせて大切に放送され続けています。
他の明るいジブリ作品とは一線を画す重厚なテーマを持っているからこそ、視聴者の心に強い印象を残し、さまざまな裏話や都市伝説が生まれたのかもしれません。
戦争の風化が叫ばれる今だからこそ、機会があればぜひ今一度じっくりと鑑賞してみてはいかがでしょうか。

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